古徽州文化観光区は徽文化の発祥地である安徽省黄山市に属する。徽州古城、牌坊群鲍家花园、唐模、潜口民宅、呈坎五つの最高観光エリアによって形成されている。北には黄山、南には千島湖と隣接している。...【詳細
 
 
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徽州ドライブへの詳しい企画

比较传统的跟团旅游,自驾游与之有什么区别
比較的に伝統ツアーとドライブとは何が違うのか

1、交通機関が違うこと。伝統ツアーなら、交通機関は公共的な交通機関で、ほとんど旅行会社によって担当される。旅客がそのまま受け入れればいいので、交通機関に関しては、まったく気を使わなくてもいい。それに対して、ドライブは、旅客が車などの交通機関を用意したり、途中で交通機関を取り扱ったりしなければならないのだ。

2、観光ルートが違うこと。伝統ツアーなら、ルートが旅行会社によって決められる。交通の利便性と経済性はルート確定における一番重要な要素となる。短期間で目的地に行かなければ、そのルートをやめるのが普通である。しかし、ドライブのルートが旅客自身によって決められ、路線の遠さと難しさもドライブによって異なる。そのルート設定が観光区を目指しているのだ。

  
3、費用が違うこと。伝統ツアーなら、ほとんどが交通費などの各費用も含めて、いちいち分けるのが難しい。しかし、ドライブは各費用がはっきりしていて、交通費がガソリン費や、道路通行費、車使用による損耗費などで、他に住宅料、食料、切符などがある。だから、同じルートでも、個人によって費用が違うのも普通である。たとえば、A車4人、交通費1000元、一人あたり250元で;B车2人、交通費1000元、一人あたり500元。それで、同じ快適で安全な場合で、車に乗る人が多ければ多いほど、一人当たりのコストが低いのだ。

  4、値段が違うのだ。もちろん、伝統ツアーとドライブは、両方ともそんなに安くないのが普通である。なぜなら、伝統ツアーに比べて、ドライブの交通費の方が高くて、その上、各費用が一一分けられると、サービスを確保するとともに、不正安価もなくなるわけだ。

5、ルートの中身が違うこと。伝統ツアーは、旅行会社と添乗員の収入を確保するために、値段が安いのに、よくルートに予定以外のショッピング活動を無理やりに差し込んで、旅客の時間や体力を無駄にしている。でも、伝統ツアーの交通機関が簡単に変えられないので、旅客がルートへの主導権も奪われるのだ。その反対で、ドライブは全部旅客自身のニーズによって行われ、ガイドがただ案内サービスを提供しただけで、途中で全く無理やりにショッピングさせたりはしないのだ。

  6、旅客の任務も違うこと。伝統ツアーなら、旅客が目で見れば、耳で聞けばいい。まさに「車に乗ってから寝たり、車から降りると観光スポットを見たりする」の言葉通り、旅客がただ景色を見ればいい。しかし、ドライブの旅客にはもう一つの身分があって、それは運転手である。運転そのものが一種の楽しみである。

7、楽しみが違うこと。ツアーは観光スポットに一度でも行けば結構だと思われるが、ツアーとは違って、ドライブは一種の経験の楽しみで、長距離運転を楽しんだり、中国の様々な道路を経験したり、渋滞や田舎生活をあじわったりして、また、集団精神を吟味し、ときには予想以外のものと出会って、これこそ極めて貴重で、ツアーがなかなか提供してくれないものである。

8、長所と短所。ツアーのメリットは、旅客が旅行に関して気を使わず、価格も安いである。デメリットは自由が少ない、途中で時々ショッピングモールに入らなければならなくて、そして、各旅行会社のルートがほぼ同じで、新鮮味に欠けているようだ。一方では、ドライバの長所は自由で、十分に旅行を楽しんでいて、路線も新奇で、無理やりショッピングなんかもない。短所は旅客が比較的に苦労して、価格が安くないし、車も自分で用意する必要がある。

              春のドライブに備える装備

 春が近づいてきて、一年中で旅行に出かける一番の季節だと言われる。こういう季節に外遊したり、春のピクニックに行ったり、或いは郊外やもっと遠くの所で春の雰囲気を楽しんだりする人が多いと思う。もし、自分がドライブに行ったら、車に相応するいくつかの装備を用意しておかなければならないといい。

車専用の救急箱

これは小さくて銀色の救急箱で、中に薬用クロース、ガーゼ、絆創膏などがある。外出の時、もし傷ついたり転がったりしたら、近くに病院がない場合は、救急箱が大いに役に立つのだ。傷口の悪化を避けるために、とりあえずその中のものを利用したほうがいい。外遊の時に、やっぱりいろんな状況を前もって考えるべきだ。だから、この救急箱がかなりいい選択で、そのうえ、車内の空間をあまり占めていない。価格は298元ぐらい。

 
雨ブラシ加压器

 
天気がよく変わるものだと言える。もし、ドライブの時大雨が降れば、運転安全を確保するために、いい視野がとても重要である。だから、雨ブラシ加压器がちょうどその時大変役に立つのだ。紅色でファッションで、ブラシにさえつけば、雨の時に前からの雨水をよりきれいに防ぐことができる。それに、雨ブラシの損耗を最小限にすることもできる。価格も高くない。42元ぐらい。

車に搭載する無線テレフォン

 このことが車の運転中に大いに役立つ。車を運転しているうちに、突然携帯が鳴った。そういうとき、もし携帯にイヤホーンがなければ、電話に出るのが相当危険なことだ。それも交通ルールに禁止されているものだ。しかし、もし車搭載の無線テレフォンがあれば、ただFM放送を固定電波数にすれば、たとえ運転中に電話が鳴ったとしても、相手の話が電波によって車中に放送される。そうすると、運転しながら電話をする危険はよく避けることができるのだ。だから、車搭載の無線テレフォンがかなり実用的なもので、61元ぐらい。

車ラジオ装飾ライト

  装飾ライトにはいくつかのデザインや色があり、人々の好みにあえるのだ。記者が気に入っているライトは、細くて簡潔で、銀色で素晴らしい見た目がある。それを点煙器にかければ、ライトが光る。夜の時、愛する人と一緒に車にいて、ラジオをつけ、美妙な音楽を聴きながら、ぴかぴかの光を見て、相当にロマンチックな雰囲気だろう。68元でその快適な雰囲気がたのしめるのだ。

 
車用のボール形羅針盤

 もし野外探検がお好きでしたら、特に人が少ない所へ遊びに行く気があったら、この車用のボール形羅針盤がもしかして役に立つかもしれない。それを車内に置ければ、装飾物になれるし、進む方向をいつでも教える。そうすると、道に迷ったりはしないだろう。見た目によって価格も違う。価格が10元から60元まで。以上のようなものは、あんまり空間を占めていないのに、大いに役立つものだ。それらのものを活用すれば、旅行をもっと楽しむとともに、春の足取りを思いきり追いかけながら喜ぶこともできるのだ。

徽州ドライブへの詳しい企画

厳しく言えば、かつて行った黟县、婺源がまだ徽州文化の中核地域とは言えない。歙县が秦の時代から県として、唐の時代に州となり、そして宋の時代に徽州に変更された。その時から、歙县はすでに古徽州の官庁の所在地となり、徽文化の発祥地で、徽商の源流でもある。
西递、宏村、南屏、关麓、棠越、晓起、延村など、徽文化や徽流建築の特徴で知られる古村落を相次いで訪れた後、また徽州へ行こうとしたら、歙县と绩溪に行くしかないだろう。ちょうど清明の時に、里の绩溪へ墓参りに行く取引先がいるので、同僚がその取引先を绩溪まで見送る予定だが、長距離で寂しいと思うから、私の同行を誘ってくれる。元々、何日後チベットへ出かける見込みで、この時に家で休むべきだが、皖南の素晴らしい景色に弱いので、とうとう彼と同行することにした。

スケジュールが自分で決めるので、非常に簡単なものである。四日朝出発し、まず取引先を绩溪の旺川へ送り、その後、時間があれば潜口民宅へ行く。もし時間がきついなら、屯溪の香茗ホテルで一泊して、五日に徒歩で新安江山水ギャラリーを見物して、そして、六日に取引先を迎えた後、绩溪龙川を見物するつもりだ。
「清明の時に雨が降り続いている」の言葉通り、四日朝が小雨だが、皖南方向へ行けばいくほど雨が激しくなり、とうとう豪雨になってしまった。常州から黄山行きの高速は、まず宁杭を選び、そして杭徽高速に変える。もし、绩溪を経由して黄山へ行くなら、まず省道で宜兴、广德、宁国を経由して绩溪につき、そして歙县、屯溪へ行き、合計四百キロ近くである。道の状況と雨のせいで、歙县に到着したのはもう午後四時過ぎで、こんな時間になったら、どこへ行ってもダメだ。そこで、GPSの案内で直接杭徽高速へ、およそ三十キロ運転して、インターチェンジから降り、引き続き何分間運転して、初めての交差点で左に曲がって、いよいよ携程(ネット)で予定しておいた香茗ホテルに到着した。

時には、世界が小さいようだと思う。去年、清明の時に婺源へ行った。屯溪インターチェンジから降り、初めての交差点をひだりに曲がり、その時、ちょうど建設中の建物を目に入り、そのチェック状の見た目が何だか変だと思った。しかし、今回予定したホテルはまさにあの時のおかしい建物だとは思わなかった。これは会議セーターを中核とするホテルで、08年国際徽商大会の主な会場でもある。ホールに入ると、立派な感じのわりに、内装工事が終わったばかりなので、去年あの国際ビジネスマンたちがどうやってその匂いを我慢したのかい。もちろん、におい以外、ホテルが五星レベルにふさわしいと言える。

ホテルでチェックーインした後、屯溪の唯一の名所――「老街」へ行く。同僚が初めてで、私より興味深いようだ。その時、雨が激しくなって、一つの傘で足りないほどだ。出口から入口の方へ逆で行って、去年一度食べた料理屋を見つけた。今回三日の旅で、宁国、屯溪、歙县、绩溪などで、評判のいい安徽料理を一一味わった。毛豆腐や臭鳜鱼、桃花桂鱼、そして绩溪ビーフン炒め、石耳と石鸡の煮付けなど、大体味が濃く、辛さと塩けを兼ねている。そして、中に一番気に入ったのは石耳と石鸡の煮付及び竹の子の角煮である。前者はあっさりした味で、後者は相当煮込んでいる味である。とにかく、食うことも旅行の楽しみの一つだよね。次の日、徒歩で新安江山水ギャラリーを見物した。これは華東地区できわめて有名な徒歩路線である。新安江山水ギャラリーに関して、旅行する前にちょっと調べてあった。97年に私はかつて船で深渡から千岛湖へ行ったことがあり、当時の青々とした水が深く印象を与えてくれた。

実は、新安江山水ギャラリーは固定されたイメージではなく、ただ新安江沿岸の山水と村落を指している。歙县の深渡町がギャラリ―の出発地とされている。深渡町は昌源河と新安江との交差点にあり、「黄山--千岛湖」という黄金ルートでの重要な乗り換え駅である。また、深渡町もずっと古徽州から浙江への急所で、昔の徽商たちがまさに深渡から出発して、自らの町人生涯を切り開いたのだ。
深渡から三つのルートがある。第一に、新安江下流にある千岛湖方向,これも97年に私が行った路線である。第二に、新安江上流方向、深渡から绵溪、绵潭、樟潭を経由して坑口镇に着き,船が深渡から出発し、樟潭の所から引き返して、沿江道路に沿って車か徒歩でいい。今、50元の切符の山水ギャラリ―はちょうどそこにあるのだ。第三に、昌源河上流に従って、石潭、昌溪方向へ,この道は今歩くしかない。

朝、車で歙县へ行って、そしてバスに乗り換え深渡に着き、後は徒歩で歙县まで歩いて、そうしたら、ギャラリ―の切符が要らないわけだ。切符と言えば、歙县人はさすがに徽商の子孫で、経済面で本当に頭が良くて細かいことでけちけちしいてる。彼らは新安江沿岸の004县道の両端の深渡と坑口に、二か所の切符場を設けていて、地元以外の車に切符を売ったりしている。しかし、この道はね、観光区にくらべて、ずっと遠く昔から存在しており、だから切符の正当性も疑われる。もう一つの例、歙县は町の一部を「古徽州」と名付けて、切符60元で、まるで略奪みたいな行為だ。
車で歙县にますます近くなって、乗り換えるのがいやで、やはり直接に深渡に行くといい。結局、GPSは北岸から深渡へのきわめて行きにくい道を案内してくれ、それに、沿道に山があるのに、水がないので、「山水ギャラリ―」とはならない。切符売場がないから、道を整備する人がもちろんいない。道の状況と言えば、最悪としか言わなかった。ようやく目的に着き、もう徒歩の自身と勇気がなくなった。そこで、車で川沿いの道路へ行き、案の定切符を買わなくちゃいけないのだ。せっかく来たのに、「まあ、いいや」と思って切符を買った。

 夕べ、窓外の雨声を聞きながら眠っていたのに、今朝起きて、雨がもう止んだ。空が曇ったり晴れたりして、川沿いの路上に車両も行人も少なく、非常に静かである。わたしたちがゆっくりと運転し、走ったり止まったりして、青々とした水が左側に、右側に黄金色の菜の花に囲まれた村落が現れたり消えたりして、実に美しい。時には心のままに写真を撮ったりして、これこそドライブの楽しみなのよ。自由で、自分勝手に!
切符の案内で、船で川の向こうに着いた。樟潭は、千年の古樟に由来した村で、山に臨み、船は外へ出る唯一の手段とされている。船に六人があり、私たち二人のほか、一人娘を連れて実家の両親を見に帰る嫁さんがいて、また船頭のおじいさんと彼の孫がいた。川を渡るのに数十分がかかり、すべて人力で、白髪のおじいさんは旅客の私たちにも、地元の人と同じ、一元しかもらわなかった。何と素朴な田舎者だ。そうだ、歙县人への評価を直しなくちゃ、手段問わずにお金をもうけるのはただ一部の人だ。金金ばかりの人は、歙县ばかりか、どこにでもあるのよ。樟潭はやや時代遅れて閉鎖的な村で、古樟何本かが残る以外、特に取り上げられる景色がないようだ。まさに外へ嫁いだあの嫁さんの言葉通り、村人の収入が低くて、主に山の枇杷木に頼っていて、かなり限られている。そして、船で青々とした水面に幾つかのゴミが漂い、よく見ると、あら、包装紙ばかりだ。旅客たちが捨てたものかな。

樟潭から出て、車のスピードを上げ、歙县へ帰る途中で、徒歩のカップルに出会った。向こうは車に乗る気があるのを見て、こっちもわざわざスピードを下げる。彼らは船で深渡から樟潭まで行って上陸したが、なかなか歙县へ帰る車を見つけなかった。社会進出したばかりの若者に見えて、若々しくて学生っぽい感じで、私たちより体力がよくて、昨日雨なのに、彼らは一日中昌源川に沿って徒歩で石潭村へ行った。彼らは新安江に比べて、やはり昌源河の方が美しいと思った。彼らが撮った写真から見て、昌源川の水がもっと清くて、それに徒歩で河床へ歩くこともでき、なんと親しい感じだ。

県に戻ったのはすでに午後になり、ホテルの駐車場に着くとき、管理員さんが駐車料をもらってもレシートをくれなかった。その代りに、彼が古徽州観光区への近道を指摘してくれた。まあ、いいや、これがウィンウィンのビジネス。
古徽州観光区とは、歙县市内の中心部に古城壁と城門を造り、旅客がこの門を通り過ぎると、60元の切符を買わなければならない所だ。実際に言うと、観光区でありながら、県の一部でもあり、数万人の住民がいて、完全に封鎖されてはいけない。あの切符売場からやや二三百メートル離れていては、自由に出入りすることができる。だから、城門を通り過ぎるのはいつもかわいそうなツアーの旅客たちだ。
古徽州観光区は许国石坊、徽园、斗山街という三つの観光スポットからなっている。中には、徽园が古代になぞらえる新たに作り上げた建築で、観光価値に欠けているようだ。

「许国石坊」は明の時代の萬歴年間に建てられたアーチ様の建物で、国家レベルの文化遺産で、徽州古牌坊の中に一番有名なもので、石坊造りの最高レベルとされている。徽流建筑は牌坊、民宅、祖廟を代表としている。歙县は「牌坊の故郷」とも呼ばれる。歙县でどこでも牌坊が見えるが、许国石坊のように四面八足の牌坊はなかなか珍しいのだ。この石坊は大学士许国が皇帝からのご褒美をもらった後、自らお金を出して建てられたので、碑に褒めすぎる言葉ばかりだ。
斗山街は歙县市内にあり、北斗七星に似ているからこう名付けられた。古民宅、古街、古雕、古井、古牌坊からなっている総合的な観光スポットである。明清時代の斗山街にある民宅と言えば、徽州汪氏家宅、封建官吏杨家大院、古私塾の许家厅、代代の町人潘家大院などがある。
正直に言うと、徽流建筑には共通点がある。どこの徽流建筑でも、上品なしっくい塗りの壁や、入り乱れていてもちゃんと揃っている馬頭壁及び東西南北四つの方向から中へ水を流す天井、すべてが都是徽流建筑のもっともな特徴である。それに、建物を見るたびに、いつも精巧な木雕、砖雕及び石雕などが見え、とくに砖雕の門楼がよく見える。徽州の人が門楼を大事にしていた。だから、昔から「千両で門楼を建て、四两で家屋を作る」という言い方がある。

歙县を離れて、次は潜口民宅。潜口民宅博物館に清園と明園がある。西递宏村とは違って、潜口民宅は自然にできた村落ではなく、特色ある徽流建筑をいちいち取り外して、取り外された原材料でまた別の所でそのままに建て直したものだ。徽流建筑民宅の博物館と言っても過言ではない。清園の建物に徽州文化を代表するものがあり、例えば徽墨、歙砚、砖雕など。潜口民宅は無料で、徽州において、唯一の4Aレベルの無料観光スポットである。ネットで「皇居を見に行きたいなら北京の紫禁城、民宅を見たいなら潜口よりほかない」という紹介があり、自信満々みたい。
潜口へ行く途中、よほど同僚と一緒に棠越牌坊を見物に行こうかと思ったら、80元の切符で実にいやだ。前回棠越に行った時、牌坊のすぐそばに一つの道があるので、車で其の道を運転しようと思って、牌坊を一目でもいいから。しかし、頭のいい棠越人が村口で道を封鎖し、お金を払わないと、なかなか村を通うことができないので、仕方なくあきらめた。屯溪へ戻ってから、まだ遅くないので、市内へ老街を見物したり食事をしたりして、ようやく同行者の購買欲を満たした。小さな木雕でも、数百数千の人民元で、小叶紫檀で作られるもので、原材料なら一トンが百万元に値するって。高すぎ、ほんとうに普通の人には分からないほど贅沢だ、私はもちろん買わない。

最終日、まず旺川で取引先を迎えて、そして龙川へ行く。八時きっかりホテルから出発。重い霧に何日間の雨で、土に水分たっぷり。徽杭高速は平日のように通行ができる、高速を走っている車が少ないようで、たぶん帰る旅客のほとんどがまだ出発しないかも。歙县インターチェンジから降り、省道に乗り換え、霧がだんだん薄くなり、光がますます大地を照らした。旺川への途中、目に見えた所々まで菜の花が広がっていて、黄金色で、昨日曇りでの菜の花に比べれば、殊に趣があるのだ。绩溪がもともと徽州管轄の県で、後に宣城の管轄に変更された。これは一体誰のアイディアなの?また、婺源も江西省に分けられ、昔の徽州がとうとう三つの部分に分けられ、ばらばらになった。龙川が绩溪市内から12キロ離れていて、今人気なスポットとなったのは、胡锦涛国家主席の原籍地だからだ。
龙川は绩溪においてもっとも古い村落の一つで、胡氏家族が昔からそこに住んでいて、すでに千六百年の歴史がある。村が船形で、村の東に龙峰があり、村の西に凤山がある。清い龙川溪が村を流れ、確かにいい風水地である。徽州人が風水説を信じていて、自然と人との融合を求める。だから、彼らにとって理想的な村は、山に臨み、水に囲まれ、川水が村を渡り、最後に水口で二つの山が守ってくれる。徽州の地形は起伏の多い連山があり、川水が縦横に入りまじっていて、まさに徽州人のご要望にふさわしいのだ。
そして、龙川の良い風水も後代に幸運をもたらすのは事実だよ。胡宓から、胡宗宪、胡雪岩、胡适、そして胡锦涛など、いろんな立派な人物が出てきた。これは一番の証じゃないんでしょうか。だから、龙川へ行く観光客がいつも胡氏祖廟へ行くわけだ。

徽州人といえば、集まって住むことが好きで、強い宗法観念や厳しい宗族組織がある。「社则有屋,宗则有祠」の言葉通り、祖廟が村で不可欠なものである。胡氏祖廟が明の時代の户部尚书胡服、兵部尚书胡宗宪、そして清の時代の政商胡光镛などの祖廟からなって、明の時代の嘉靖年間に始まり、門楼に明の時代の才子である文徵明によって「龙川胡氏宗祠」と書いてある。
胡氏祖廟は「中国祖廟の一絶」と呼ばれ、その風格が木雕、砖雕、石雕と彩色上絵などの融合で、とくに600件の木雕が一番すばらしい。正庁の両側に、高さ三メートル以上窓門がある。窓は上の部分が透かし彫りのチェックで、下の部分が平板彫花で、中身がハスの花を主にしている。中には、つぼみを持って,いまにもほころびようとしている花があれば、咲いたばかりの花もある。とにかく様々なかたちで、じつにうつくしいのだ。葉もいろんな形があり、巻いたり、平に広がったり、そして傘の形であったり、低く垂れて帽子であったりして、すばらしい。画面の空間も、巧みで本物も及ばないほど生き生きとしたイメージに飾られ、実に趣に満ちているのだ。たとえば、青空を飛んでいる鳥、水底を泳いでいる魚、青々とした水面で遊んでいる鴨、古池に飛ばす蛙、そして親しく遊んでいるオシドリなど。後ろの門窓にも花瓶を彫り、浮き彫りと浅彫が融合した技法で作られた。そして、ガイドさんが「ハスの葉の下にある蟹」と彫刻してある木雕を指して、「この彫刻の意味が調和だ」と説明してくれた。なぜなら、「荷」と「蟹」の音読みを合わせると、ちょうど漢字の「和谐」と同じからだ。「はあはあ、そういうこともあるんだ。なるほど、胡主席が提出した調和社会の出所はもしかしてこの胡氏祖廟にあるかも。」

 龙川を離れてから、帰り道に辿った。私の三日観光はこれでおしまいだ、まあ順調である。もし、徽州人が风水にこだわるといえば、徽州文化に興味を持つ観光客として、私は相次いで黟县、婺源、屯溪に行った後、また歙县と绩溪へ旅に出たので、徽州の旅が比較的に円満だと言える。私は、「徽州文化に関しては、私は、だんだん理解したり、経験したり、それに身を以て感じたりするようになった」と誇りをもって言える。

ドライブ旅行前の準備作業

  1.出発する前に詳しい旅行プランを練ること。内容チェック:旅行目的、路線、スケジュール、目的地の連絡方法、装備チェック表、食べ物の計画、参加者の名前、連絡方法及び個人資料など。
2.目的地及び沿線あたりの状況を把握しておくこと。出発の際に個人の好み及び季節によって旅行の目的地を選択する。旅行先の線路運転地図を前もって用意し、特に線路状況、宿泊、食事、ガソリンスタントの分布を事前に調べること。所謂備えあれば憂いなし。

長距離旅行前の準備:
①一番良い旅行路線を把握し、良い旅行パートナーを選ぶこと。
②もし自分の車の性能に十分把握できなかったら場合は、必ず車の性能を改造しなければならない。例えば: サスペンションシステム、ダイナミカルシステム、レスキューギアなど。どんなに叫んでも誰も助ける者のいない状況を避けるべし。
③出発する前に車の点検をしなければならない。例えば:オイルフィルター、エアフィルター、フューエルフィルタ、エンジンオイル、水タンク、ファンベルト、ファスナー、スベアタイヤーなど。サイズ違いのヒューズを持つほか、ライド、点火プラグ、プラグコード、操作用道具、スベアキー、シートクリーナー、タイヤセメント、ジャンプゾーン、1リットル水、エンジンオイル、修理用道具セット、ジャック、スベアタイヤー、牽引ロープ、地図などを同時に持っていくこと。出発する前に沿線及び目的地の自然条件や気象状況をなるべく事前に資料で調べておくこと。そして証明書をお忘れずに持つのも大事である。例えば:身分証明書、免許書、車両証、保険証、保険会社電話及び各道路部門のクレーム電話など。
④装備機材なるべく揃える様心がけてください。例えば:指南針、GPS、車インターコム、衛星、電話、カメラなどがある、日常グッズなどでは、マルチナイフ、防水用懐中電灯、ライター、安全ピン、クリップ ペーパー、携帯用鏡、ソーイングキット、ゴミ袋など。その他の機材はシーライト、防水、円滑剤、ネジシーラントテープ、強力接着テープ、防水ゴムテープ、電線、ゴム、磁石、インナーケーブル、ドラグライン、10リットル用のベットボトルなど。女性の場合はウォーターティッシュペーパー、サンタンオイル、pp粉など持参したほうがよい、もし遠距離ならテントや寝袋や防寒用衣服も持参して下さい。
⑤救急箱、包帯、テープ、消毒液、絆創膏、滅菌ガーゼ、体温計、風邪薬、解熱薬、痛み止め薬、下痢薬、胃薬などの持参や高原に行く場合は、携帯酸素や紅景天(高山病予防)も持っていくことも重要である。
⑥個人も緊急時に使うナイロンロープ、救急毛布、過マンガン酸カリウム、蓋付き空き缶、小型指南針、防水用マッチ、小蝋燭、滅菌ガーゼ、マルチナイフと口笛などを持ち歩いたほうがよい。
⑦都市を離れる所へ行く場合、必ずインスタント食品を持っていく事。例えば:缶詰、ハム、水など。
⑧もし警察の方にしつこく粘られてきた場合は、直接に上級主管部門に相談すること。
⑨旅時に合理なスケジュールを組んで下さい、疲労運転や夜行運転などをおやめましょう。

 
 
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